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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4144号 判決 1995年3月13日

原告

甲野太郎

被告

宮崎貞夫

被告

長瀧叔子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、次のとおりの各金員及びこれらに対する平成六年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

1  被告宮崎貞夫 金一一三〇万円

2  被告長瀧叔子 金五七〇万円

第二  事案の概要

本件は、弁護士である原告が、被告らから委任を受けて処理してきた訴訟事件を被告らの委任の趣旨に沿った解決をしたにもかかわらず、被告らは原告の請求した報酬額を下回る金額を勝手に算定してその額を送金してきたとして、その差額の報酬金の支払いを求めて提訴したところ、被告らは、原告が遂行した訴訟により得た経済的利益の算定方法について、時期、対象の範囲等の把握に原告の誤りがあって原告の請求は過大すぎるとして、既払額をもって被告らの報酬支払義務は消滅したと争ったのであるが、日弁連の報酬規程の解釈を巡っての問題を提起した事案でもある。

一  争いのない事実

1  原告は、第二東京弁護士会所属の弁護士(登録番号○○○○○)である。

2  原告は、被告らの父宮崎義数(昭和六三年二月九日死亡、以下「亡義数」という。)の左記公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)において、遺言執行者に指定されていた。

(一) 別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)を、被告宮崎貞夫(以下「被告宮崎」という。)に一〇分の七、被告長瀧叔子(以下「被告長瀧」という。)に一〇分の三の割合で相続させる。

(二) 骨董品については、被告宮崎と被告長瀧に均分に相続させる。

(三) その他の動産は全て被告宮崎に相続させる。

3  原告が被告らから委任を受けて訴訟代理人となり、本件で報酬請求している訴訟事件(被告らが亡義数からの承継したものを含む。)は、本件不動産を巡る親子間での所有権の帰属、または亡義数が本件不動産を株式会社ゼニア(以下「ゼニア」という。)に売却した(以下「本件売却」という。)事実が生前処分として本件遺言の取消に該当するか否かの紛争であり、事件の表示及び結果は、次のとおりである。

(一) 高橋昌子(亡義数の長女、以下「高橋」という。)が亡義数を被告として本件不動産の所有権の確認を求めて提起した事件(一審途中で亡義数が死亡し被告らが承継、以下「高橋事件」という。)

(1) 東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一八五五九号土地建物所有権移転登記等請求事件(以下「高橋地裁事件」という。)

判決平成二年二月二七日 請求棄却

(2) 東京高等裁判所平成二年(ネ)第八三三号控訴事件(以下「高橋高裁事件」という。)

判決平成三年五月一五日 控訴棄却

(3) 最高裁判所平成三年(オ)第一三六三号上告事件(以下「高橋最高裁事件」という。)

判決平成三年一一月二九日 上告棄却

(二) 坂井節子(亡義数の三女、以下「坂井」という。)が被告らに対して、本件売却を生前処分(以下「本件生前処分」という。)であるとして本件遺言の取消を理由に提起した事件(以下「坂井事件」という。)

(1) 東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第六五九七号土地建物所有権移転登記等抹消登記請求事件(以下「坂井地裁事件」という。)

判決平成元年一二月二七日請求認容

(2)東京高等裁判所平成元年(ネ)第四四五六号控訴事件(以下「坂井高裁事件」という。)

判決平成二年六月二七日 原判決取消、請求棄却

(3)最高裁判所平成二年(オ)第一三七三号上告事件(以下「坂井最高裁事件」という。)

判決平成三年一一月一九日 上告棄却

二  争点

1  高橋事件について、被告らが原告に支払うべき適正な報酬額を算定するに当たっての問題点

(一) 同一不動産を巡る複数の訴訟について、報酬金は各別に算定すべきか、それとも訴訟提起の動機・目的及び事件当事者の関係が各事件に共通もしくは関連している場合、包括的に一個の事件とみて他の関連事件は単に報酬算定の際の増額要素と解するのが妥当か。

(二) 不当訴訟としての報酬減額事由が存在するか。

(三) 被告らの確保された訴訟上の経済的利益を算定すべき「依頼の目的を達成したとき」(日弁連弁護士報酬規程三条二項)はいつか。

2  坂井事件が提訴されたことについて、原告に過失が認められるか。

3  坂井事件における被告らの原告に対する既払額を除いた報酬支払義務の存否について

4  高橋事件と坂井事件の報酬額はいくらか。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(高橋事件)について

1  本件不動産を巡る紛争の経緯並びにその紛争に関与した原告の訴訟活動に関し、次の事実を認めることができる。

(一) 被告ら、高橋及び坂井は、亡義数の子らで、被告宮崎が長男、被告長瀧が次女、高橋が長女、坂井が三女である(争いのない事実)。

(二) 原告と被告宮崎は、昭和五六、七年ころ共通の友人を通じて知り合い、亡義数が坂井との同居で紛争が絶えないことから、被告宮崎が原告に法律的助言を求める関係の、いわゆる弁護士と顧客に近い交際が続いた(甲一〇)。

(三) 坂井は、昭和五四年後半ころ、離婚して実家に戻り、その後亡義数夫婦と本件建物に同居してきたが、亡義数夫婦と折り合いが悪く亡義数の妻ナミが昭和六〇年九月二三日に死亡して間もなく、亡義数を被告として本件不動産の所有権確認の訴訟を提起し(昭和五八年(ワ)第一二九五七号土地建物所有権確認等請求事件)、高橋の協力(高橋を原告側証人として申請)を得ながら裁判を続けたが、結局、一審敗訴後の控訴審において、昭和六〇年一二月五日に訴えを取下げた(争いのない事実及び甲一二、以下「坂井取下事件」という。)。

(四) 亡義数は、昭和五八年一二月二七日、公正証書により本件遺言をした(争いのない事実)。

(五) 被告宮崎は、坂井が本件不動産を占拠して立退きを拒んでいるので、本件売却を亡義数に進言し、昭和六一年二月二日、ゼニアが坂井を本件不動産から退去させることを条件として、ゼニアとの間で本件不動産を代金一億五五〇〇万円で売り渡した(争いのない事実)。

(六) にもかかわらず、坂井は本件建物から立退かないばかりか、亡義数を虐待し、亡義数としては、これ以上の同居はかえって身に危険が及ぶことにもなり兼ねない状態となったので、被告宮崎の進言もあって、昭和六一年四月一九日ころ、本件不動産を出て被告宮崎宅に転居した(争いのない事実及び甲一〇)。

(七) 高橋は、昭和四八年二月ころに坂井宛に亡義数の遺産相続については一切権利を放棄する旨の書面を提出していた(甲二の1及び乙一六)にもかかわらず、本件売却を知って、本件不動産の処分禁止の仮処分を申請し(当庁昭和六一年(ヨ)第二八二八号不動産仮処分申請事件)、昭和六一年四月一四日、同決定を得た(甲二の4及び弁論の全趣旨)。

(八) それに対する亡義数の起訴命令の申立(当庁昭和六一年(モ)第一三〇一三号)を受けて、高橋は、高橋地裁事件を提起した(甲二の5及び同一〇)。

(九) 亡義数とゼニアは、高橋と坂井が共謀して本件売買契約の履行を妨げる行動を繰り返し、本件不動産の明渡しの見通しが立たないところから、同年五月二七日、本件売却を合意解約し、亡義数は、手付金二二〇〇万円をゼニアに返還した(甲一〇及び同一二)。

(一〇) 亡義数の昭和六三年二月九日の死亡により、被告らは本件遺言にしたがって、同年三月二九日付をもって本件不動産について被告宮崎が一〇分の七、被告長瀧が一〇分の三の共有持分登記手続きを行った(甲五の1、2及び同六の4)。

(一一) そこで、右遺言執行を不満とする坂井は、同年四月三〇日付をもって、本件不動産に対する処分禁止の仮処分を得て、同日その旨の登記を得たうえ(甲五の1、2)、本件売却は民法一〇二三条に当たる生前処分であるから、本件遺言は取消されたとして坂井地裁事件を提起した(争いのない事実)。

(一二) 坂井地裁事件について、一審判決は、平成元年一二月二七日、坂井の請求を認容したが、被告らが直ちに控訴したところ、翌年六月二七日、本件遺言の全体でみれば、坂井の相続分を零とする条項が別に存在することによって本件生前処分が行われても右坂井の零の相続分は変更しない、すなわち遺言の取消にならないとして、被告ら勝訴の逆転判決が出された(争いのない事実及び甲一の2)。

(一三) 一方、高橋地裁事件については、平成二年二月二七日、請求棄却の判決となったが、高橋が控訴して予備的に遺留分減額請求を追加した結果、翌年五月一五日、主位請求の高橋事件については、控訴棄却、予備的追加の遺留分請求については被告らが争わないため認容され、相被告のゼニアに対しては所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記請求が認容された(争いのない事実及び甲二の2)。

(一四) 高橋と坂井はいずれも控訴審判決を不服として上告したが、いずれも上告棄却(坂井事件平成三年一一月一九日、高橋事件同年一一月二九日)となった(争いのない事実)。

(一五) 坂井取下事件、高橋事件及び坂井事件(以下、三件纏めて「本件三件」という。)は、いずれも原告が訴訟代理人として関与してきた(争いのない事実)が、右確定判決後の処理として残されている坂井の本件不動産からの立退き問題及びゼニアの仮登記の抹消手続について、被告らが原告に相談したところ、原告は、ゼニアに対して抹消登記手続の訴訟を提起する必要があると言って、委任状及び着手金を被告らに請求したので、被告らは驚き、ゼニアについては抹消登記認容の判決が高橋高裁事件で既に出ているのではないかと質問すると、原告は突然怒り出し、坂井に対する立退きの訴訟は受任できないと申し渡し、それを契機として原告と被告らの信頼関係は急速に失われていった(乙一六及び被告宮崎)。

2  以上認定したところによると、本件三件は、高橋と坂井が共謀して、亡義数の本件不動産の売却を阻止し、もしくは本件遺言の取消を理由とする正規の相続分を主張しようとして、連続して提起したものであることが認められ、攻撃防御方法が全事件に共通している(特に坂井取下事件と高橋事件は本件不動産の亡義数の所有権を争うものとして、また、高橋事件は控訴審において遺留分請求の追加により坂井事件と共通する。)ことが容易に推定でることに鑑みると、結局のところ、本件三件は、高橋と坂井が被告らと等分の相続分を求めて提起した紛争と理解できるのであるから、受任弁護士である原告の報酬を算定するに当たって、単純に訴訟事件の数のまま、すなわち高橋事件と坂井事件を個別的に報酬算定の基礎とすることは妥当ではなく、全事件を包括的に一個としたうえ、本件三件の関係については、増額事由として考慮すれば足りると解するのが相当である。

3  しかるに、原告は、日弁連弁護士報酬規程(以下「報酬規程」という。)三条が「弁護士報酬は、一件ごとに定めるものとし、裁判上の事件は審級ごとに一件とする。」と定めていることを根拠として、本件三件をそれぞれ各別の事件とし、坂井取下事件での報酬については解決済として除外し、高橋事件と坂井事件についてそれぞれの報酬金を一三〇〇万円としたうえ、一部減額を認めた形式で合計二三〇〇万円を被告らに請求している(争いのない事実)。

4  そこで、右原告の請求が報酬規程三条の解釈として正当であるかを検討するに(その前提として、報酬規程が日弁連会員である原告にとってなんらかの規則性を有するものである―厳格には所属弁護士会で定める報酬規程に対してである―ことは当然であるが、依頼者に対してはなんらの拘束力もないであろう。しかし、当事者が弁護士に事件を依頼して訴訟事務の処理を委任した以上、報酬支払いの契約を具体的にしなかったとしても当然に一定の額の報酬を支払うことを約定したものとみなすことができ、それの基準として報酬規程を参考とすることはあり得るというべきである。したがってその限りにおいて当裁判所としても報酬規程の解釈に関心を有する。)、前示認定で明らかなとおり、坂井取下事件と高橋事件は亡義数に反逆した娘らが亡義数の死亡の際は被告らにすべての財産が相続されることを察知して、それの妨害をくわだてて手を替え品を替えて嫌がらせで提起した各事件であり、また、坂井取下事件では高橋が坂井側の証人となり高橋事件では坂井が高橋側の証人となっていることからも明らかなとおり、高橋と坂井は互いの所有権を別件で主張しながら他方の事件で原告の有利な証人として登場するという矛盾する関係で共助し合っている事件にすぎないのであるから、亡義数及び被告らとしては、両事件において亡義数の所有権を主張立証するだけのことであり、原告が高橋・坂井と異なるといっても攻撃防御方法は殆ど共通していることに鑑みても、報酬の対象としては、包括一個の事件と評価するのが依頼者である被告らの真意に合致するというべきである。換言すれば、坂井取下事件と高橋事件とは亡義数に対する親子間紛争のターゲットとして本件不動産の所有権が争われただけで、その動機として存在する社会的紛争としては、親子間の、ひいては被告ら兄弟間の相続問題に帰着するものであり、一個の紛争なのである(日弁連調査室編・弁護士報酬規程コンメンタール一九頁参照、なお、当事者が異なれば社会的紛争もその数だけあると、右コンメンタールは記述しているので念のため付言するが、本件の如く、被告事件として処理する場合とそうでない原告事件として処理する場合では結論を異にするものと解すべきである。原告事件の場合は被告が異なることによって請求の原因、即ち請求権の構成の違いが生じ、従ってその攻撃防御方法は様々となるが、本件のような被告事件の場合は原告がAであろうとBであろうと、被告の所有権を主張立証するのに各別に異なった攻撃防御方法を必要としないのであるから、実質的・訴訟的に見ても紛争は一個と評価すべきである。)。なお、ここで付言したいことは、報酬規程の解釈で分かれたときは依頼者にとって有利な解釈をすべきであって弁護士に有利になる解釈はすべきではないということである。のみならず、弁護士は、社会正義の実現と人権の擁護を使命として職務を行うことが義務づけられている(弁護士法一条)ことに鑑みると、『依頼者との間で報酬について紛争が生じたときは、自らが直接裁判に訴えることはできず、必ず自らが所属する弁護士会の紛議委員会の裁定に委ねる手続きを行うこと(強制的裁定前置)とし、右委員会での裁定に不服であっても弁護士には異議権がなく、依頼者のみ裁判で争うことができる。』よう報酬規程を改正して、報酬に関する紛争が依頼者のために有利に機能するよう配慮されることが国民からの弁護士会によせる期待であり、司法に対する信頼回復への道につながるのではなかろうか。

5  高橋事件の不当訴訟性について

(一) 一般に不当訴訟とは、相手方当事者の理由のない訴え提起によって被った損害をその加害者当事者に賠償請求できる場合を言うが、被害当事者として相手方当事者に賠償請求まではできないにしても、当該事件を受任した弁護士に対して不当訴訟を理由に報酬の減額を求める場合も不当訴訟の一形態といえるであろう(河合弘之著「弁護士という職業」参照)。

それは、応訴しなければ敗訴する可能性もあるので、やむなく弁護士を依頼することになるが、被告の訴訟代理人としては、おそらく原告の主張を否認するだけでその目的を達することができ、抗弁を提出して本格的な立証活動をすることなどない場合が多いであろうから、このような場合は正規の訴訟活動を遂行したとは到底言えないのであり、従って、依頼者として正規の報酬を支払う必要がないと解するのが相当である。

(二) そこで本件について検討するが、前示認定のとおり、坂井取下事件と高橋事件は社会的紛争としては一個と評価すべきであるから、高橋事件を独立して一個の事件と評価しない以上、これの不当訴訟性を検討する必要がないが、前示認定のとおり、控訴審において予備的請求として遺留分の請求が追加され、この部分が認容されているので、その関係について判断すれば、高橋事件の訴訟の実体は控訴審において坂井取下事件から坂井事件の方に性質を変更したもの―相続分の紛争―と解するのが相当である。その意味においては、高橋高裁事件としては坂井取下事件との関係を離れて坂井事件と同一の社会的紛争性を帯びることになった、すなわち、高橋高裁事件は坂井事件と包括して一個と評価すべきなのである。

(三) したがって、原告としては、いずれにしても高橋事件について独立して一個の事件として被告らに報酬金を請求することは相当でなく、坂井取下事件もしくは坂井事件と包括して一個の事件として報酬金を算定することが報酬規程三条の正当な解釈というべきである。

なお、前示認定から明らかなとおり、高橋事件そのものの不当訴訟性は否定できない以上、報酬金算定に当たっては二分の一を減額することが妥当であることはいうまでもない。

6  報酬金算定の基準時について

(一) 原告は、高橋高裁事件が確定したときを基準時として算定すべきであると主張し、これに対し、被告らは、本件不動産を売却したときの時価を基準とすべきであると主張する。

(二) 報酬規程によれば、「報酬金は依頼の目的を達したとき、支払を受けるものとする。」(報酬規程二条二項)とされているが、その「依頼の目的達成」とはどういう場合を指すかについては解釈に委ねられている。これでは依頼者にとって不十分といわざるをえない。「依頼の目的」は、原告の立場で依頼する場合と被告の立場で依頼する場合とでは異なるし、依頼する事件の内容(債権回収、債権不存在、不動産関係等様々である)によっても大いに異なるのであるから、少なくとも原告事件と被告事件に区分しその中で例示によって目的毎に区分した「達成の時」を分かりやすく明示しておくべきである。例えば不動産事件においては、訴訟が確定したときにその不動産に居住することが予定されているような場合であれば、裁判確定により当該不動産の利用が妨げられないことが明確になったときを「目的達成」といえようが、本件のように高橋及び坂井の遺留分の共有登記が付され、売却によってそれぞれの相続分を確定的に取得することが予定されているときは、少なくとも売却できる状態もしくは売却されたときが「目的達成」のときであり経済的利益算定の基準時とするのが妥当である。(なお、事件が確定しただけでは依頼者としての「目的」が達成されたわけではないのであるから、「執行」が残っているときは執行を終了したときが「目的達成」とするのが当然であり、訴訟事件と執行事件が継続するときはこれを独立した事件として報酬を請求すること自体依頼者の利益を無視した論法というほかなく、執行は単なる加算要件にすぎないものとして早急に訂正を検討されるべきである。)

そうであるとすると、高橋事件及び坂井事件が確定した時点においては、坂井が本件不動産を占拠していて直ちに売却することはできなかったのであるから、右上告棄却をもって、「依頼の目的を達したとき」と解することは相当ではない。では、基準時はいつかといえば、前示認定のとおり、坂井が本件不動産から退去して処分が可能となった時であるから、被告らが本件不動産について坂井と裁判上の和解のできた平成五年一〇月四日ころと解するのが相当である(乙一)。

(三) よって、原告が、高橋事件確定後の平成三年東京都地価図に基づき、本件不動産価額を約四億五〇〇〇万円であり、被告らの経済的利益は右価額から高橋及び坂井の遺留分相当分の四分の一の額を控除した三億三七五〇万円であるとの主張は、右価額が適正であるか否かを検討するまでもなく到底採用できないものというべきである。

二  争点2、3(坂井事件における原告の過失及び報酬金の額)について

1  前示認定のとおり、本件生前処分が本件遺言の取消事由に該当するかが本件の争点であるところ、一審においては請求認容となったものの控訴審以後においては本件売却が「本件不動産を被告らに相続させる」ことに抵触するとしても、「坂井の相続分を零とする」遺言には抵触しないから本件遺言は有効であるとして請求を棄却したのであるが、本件訴訟代理人を務めた原告としては、本件遺言の作成に仮に関与していなかったとしても、本件遺言の執行者と指定されていたのであるから、本件売却が本件遺言中の本件不動産条項には抵触する可能性があることを考慮し、弁護士として、亡義数もしくは被告らに法的助言をなすべき立場にあったものと解するのが相当であり、また、本件売却を相談されて契約の立会人にもなっている(乙三)ことに鑑みても、本件売却後に新遺言の作成を亡義数に助言して本件遺言の取消問題を回避しておくべき法律専門家としての義務があったと解するのが相当である。

ところが、本件においては、原告は、亡義数もしくは被告らに新しい遺言書の作成を指示もしくは意見具申を行った形跡もなく、かつこれを認めるべき証拠もないのであるから、原告は、本件売却が本件遺言に抵触することの可能性を全く考えていなかったものと推定することができる。

そうであるとすると、提起された坂井事件については、原告としては被告らに対して、弁護士としての法的助言を怠った結果として、重大な責任を負担すべきところ、高橋事件と同様に被告らに着手金を請求して事件処理をしようとしたことは、不可解というほかなく、被告らとしては受任弁護士としての原告に対して不信の念を抱くことになったとしてもやむをえないことである。

2  坂井事件は、控訴審において坂井が逆転敗訴となったから原告の弁護士としての責任問題は一応回避されたが、原告の不手際により提起された事件であることが否めない以上、原告としては報酬金はおろか、着手金すら被告らに請求できる事件ではないと解するのが相当である(ただし、坂井事件の本質を遺留分請求にあると解するならば、その限りにおいて後記のとおり別論である。)。

よって、原告の坂井事件についての報酬金請求は理由がなく棄却するほかない。

三  争点4(高橋事件と坂井事件における原告の報酬金額)について

1  前示判断のとおり、坂井事件については原告の報酬金請求権を認めることは相当でないが、高橋事件については、坂井取下事件と包括して一事件と解すべきであるとすれば、その観点に立った検討を要するが、右但し書のとおり、坂井事件の実体を遺留分請求と解すると、結局は、本件三件が包括一件ということにもなる。しかしどのように包括したとしても原告の請求を認めるに足る報酬金額の算定は不能であるから、便宜上、高橋事件のみについて検討を進めることとする。

2  原告は、坂井が本件不動産から退去しなければ本件不動産の売却ができないことを承知しており、被告らから坂井退去の訴訟を要請されていたにもかかわらず、ゼニアに対する抹消登記請求の問題で原告の手続の進め方に不審を抱いた被告宮崎の質問を契機として、着手金の支払留保等の問題も絡んで原告が坂井の退去訴訟を拒否したのであるから、原告としては、事件の処理を断念して、理由なく自ら受任事件から手を引いたものと解されてもやむをえないところである。原告は坂井の訴訟を断ったのは高橋事件が確定したのちのことであって受任事件は終了しているというが、前示のとおり、本件においては、報酬金請求のための目的達成とは本件不動産を売却できる状態になったときであるとすれば、原告の受任拒否は、「当事者の一方が相手方のために不利なる時期において委任を解除したるとき」に当たり(民法六五一条二項)、少なくとも、高橋事件を処理したことによる報酬金請求権は、被告らの責めによらないで原告自らが委任事務を途中で解約したものとして大幅に減額されなければならないものと解すべきである。すなわち、本件のような場合は、高橋事件そのものは終了しているとしても、依頼の目的は未だ達成されていないのであって、坂井を退去させる必要のあるときに被告らが困惑することを承知で事件遂行を拒否したことはまさしく「委任者に不利なる時」の解約であり、従って原告の受任事務としては依頼者である被告らの依頼の目的の二分の一しか達成していないと見るのが妥当である。(報酬規程五条は依頼者の責めに帰すべき事由のある場合の解約については報酬請求権がある旨を定めながら、弁護士に責任がある場合はどうなるのか定めていないがこれは片手落ちである。依頼者に責任がない場合の解約についても依頼者に分かりやすい明確な報酬規程を設けるべきであろう。)

そうであるとすると、本件訴訟の結果の経済的価額が原告主張の三億三七五〇万円が正当であったとしても、坂井取下事件と包括一個とみるべきであること並びに委任事務が途中で解約された場合の評価も二分の一とみるのが妥当であるから、原告が被告らに請求できる報酬金の基礎となる価額は八四三七万円であって、原告の被告らに対する報酬金額は増額要素を考慮しても五五一万八五〇〇円(通常額四二四万五〇〇〇円)が相当(報酬規程別表)ということになり(高橋事件の不当訴訟性を考慮すれば更に減額となる。)、被告らが本件不動産を処分したのちに、原告に対して高橋事件及び坂井事件の報酬金として支払った額は合計六〇〇万円である(争いのない事実)から、被告らとして原告に対し、高橋事件及び坂井事件について、右既払額を超えて報酬金を支払うべき債務はなく、原告の本訴請求は理由がない。

ましてや、本件不動産の実際の売買価額が二億一一九〇万六二〇〇円(乙一四)であったことが推定でき、これから高橋と坂井に遺留分相当額である三〇パーセント(乙一)が支払われている(被告宮崎)のでこれを控除すると、一億四八三三万円余が被告らの得た経済的利益の額となり、更に前記減額事由を考慮すると、実際の報酬金額算定の基礎はもっと低い額になるのは明らかである。

四  以上により、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないので棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判官澤田三知夫)

別紙物件目録

一、土地

所在 東京都大田区田園調布三丁目

地番 一五番九

地目 宅地

地積 一九八、三二平方米

二、建物

所在 東京都大田区田園調布三丁目一五番地九

家屋番号 一五番九の一

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 八四、二二平方米

以上

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